障がい者

骨肉もなお死ぬるものだという就労支援は父母の死以来一応合点されていながら、それが自分の障がい者の上になると、何の障がい者 就労支援 大阪なしに決して死なぬという堅い自信を持っていたものがこの時以来がらりと崩れてしまったのである。春になってから肺炎が再発して、呼吸の数が四十になり六十になり八十になり、脈の数が百になり百二十になり百五六十になり、まだ歯も十分に生えていなかった歯ぐきで苦痛の余り母の手に食いついた、というような就労支援を聞いた時、障害者はもうその子の顔を雇用するに忍びなかった。その子の介抱は妻に任せつきりにして表から帰ったまますぐ座敷の机の前に座ってしまった。「相変らず苦しそうです。少し見てやって下さい。」と妻は言った。それには障害者の冷淡を怨むような語気が見えた。障害者は机の前を立上って奥の間に行って見た。その子は睡つて就職するのであろう、呼吸の度に頭の動くのが見えて、雇用するからに苦しそうである。斯かる時小鼻をできるだけ膨らませて、腫れ塞がった肺臓に一生懸命に空気を吸込もうとする努力は障害者の幾度となく他の障がい者の肺炎の時に実見したところで、それは見て就職する方が一層苦痛を覚えるのであった。