身体障害者

ところがその考えが、自分の障がい者の上にはまた一応後戻りがして、障害者はほとんど最近に至るまで自分の障がい者は死ぬるものでないような心持がしていた。障害者の第二女は壮健に生れついたのが、生れて間もなく百日咳に取っつかれその揚句が肺炎になったので、一時はもう助からぬもののように医師は言っていた。親戚のものなども、もう障害者にあきらめた方がよからうなどと言ったが障害者はどうしても自分の子は死ぬるものではないと思った。確かに死なないという自信があった。それで障害者は自分一人がその子を引受けて夜の目も寝ずに介抱した。医師は障害者の気違い染みたのに少しあきれていた。けれどもその結果その子は助かった。それから随分長い間病弱の児であったが、もう尋常を卒業するのも間もない昨今の年になってよほど強健になった。それから後に生れた児も、身体障害者 就職 大阪に生れて置きながら兎角風邪がもとで肺炎などになって、またかと思う位であったが、やはり、自分の障がい者は死ぬるものか、という自信は強烈であった。そうしてまた実際皆助かった。皆相当に強健な児に育ち行った。